大学等における対策の実例と課題

大阪大学キャンパスライフ健康支援センター 太刀掛俊之

1 「大学生活環境論」の取組み

 大阪大学では2006年度から新1年生を対象に、偽装勧誘に関する予防啓発を目的とした特別講義「大学生活環境論」を毎年実施しています。各大学においてオリエンテーションの機会を通して予防啓発がなされるケースが少しずつ増えてきてはいますが、開講当初は国内の大学における先駆的な取組みでした。ここでは「大学生活環境論」の開講に至った経緯、講義の目的と具体的内容、教育効果、実施体制について触れていきます。なお、2020年度はコロナ禍の影響で開講時期と実施形態について一部変更があったため、2019年度まで実施してきた概要を中心に紹介します。

 はじめに「大学生活環境論」が実施されるようになった経緯ですが、本講義が開講する以前から、大学としてキャンパス内における偽装勧誘とその問題点について認識がなされていました。しかしながら、当初は学生本人の問題として捉えられることで、大学の課題として正面から取り上げられることはありませんでした。学生生活に関わる事項は「学生生活委員会」という全学的な組織で議論がなされますが、委員長職にあった教員が、この問題を教育的な観点から捉えて大学執行部に働きかけたことで、本講義が実現することとなりました。現在、「大学生活環境論」は5月の土曜日を利用した90分間の講義形式で、大阪大学の新入生3000名以上が受講する必須科目となっています。講義の実施は学部ごとの入れ替え制となっており、講義内容をまとめたレポートを提出することで出席の扱いとしています。ただし、この取組みは学生支援の観点から位置づけられており、単位認定のための科目としては該当しません。

2 講義内容と実施体制

 この講義は学生生活のリスクのひとつとして取り上げられる偽装勧誘に関する予防啓発を主な目的としており、次のような内容から構成されています。①過去に報道がなされたカルト集団による事件、②キャンパス内やその周辺において偽装勧誘のケースが実際に存在すること、③偽装勧誘の具体的な特徴と問題点、④勧誘時に利用される心理的テクニック、⑤勧誘に遭った場合の対処方法、⑥多様な視点や意見を認識することの重要性、⑦学内における相談窓口の紹介、などです。時間の制約上、勧誘の被害に遭わないための注意喚起に留まりがちですが、特に、③については、相手方が本来の目的を明らかにせずに正体を隠して勧誘することを逸脱的なコミュニケーションとして大学が問題視していることを伝えています。また、⑥については次のような説明を行っています。偽装勧誘のテーマとして取り上げられる個人の生き方の問題や社会的課題の解決については、しばしば善悪二元論や非科学的思考によって容易に解決可能なものとして誘導されます。しかしながら、個人や社会が抱える課題については迅速に解決できるものばかりではなく、利害関係者の調整を行わないといけないものや、どうしても解決に至らないものもあります。大学はそれらの課題について望ましい方向へ事態を変化させるための客観的な知識や経験を提供し、多様な意見や視点を認識する場であって、偽装勧誘で利用されている考え方と相容れない立場であることを強調して伝えています。

 講義後には相談コーナーを設けて専任教員が対応を行っていますが、2017年度には20名近くの相談があったケースも生じています。その事例では、相談者の大半がスポーツ系の偽装サークルによるもので、勧誘段階のごく初期であったため参加していた活動から比較的容易に離れることができました。過去には、半年以上の期間を経てはじめて教義の学習について話を持ちかけられ、その時点で講義内容を思い出して相談に至るといったケースも見受けられることから、一定の教育効果があるのではないかと推察されます。さらに、講義を毎年継続することで、学年の異なる学生どうしでも共通の認識が促され、不特定多数の来場者がある大学祭の運営実施において、注意喚起のポイントが取り込まれる効果などもあります。

 講義を実施する体制としては、前述の学生生活委員会と支援事務が中心を担っています。講義内容については、学生生活委員会の委員として偽装勧誘の実態とその対処に詳しい教員が担当し、運用については、学生生活委員会の事務を所掌する教育・学生支援部学生・キャリア支援課が担当することで継続性を担保しています。なお、偽装勧誘に関する相談については専用のメールアドレスを設けることで、学生・キャリア支援課と担当教員が共有し、相談内容に応じた情報提供や助言や行う体制を整えています。

3 予防啓発の新たなアプローチと課題

図1 実際に遭った勧誘の事例に基づいた動画の一例

 予防啓発の実施については講義形式のほかにも、キャンパス内における看板の設置や、学内WEBシステムにおける掲示などが行われていますが、学生にとっては具体的なイメージがつかみにくいという課題がありました。そこで、新たな方法として3分間から5分間程度の動画を学内の広報担当の協力を得て4種類作成し、学内の食堂やバス停近くに設置されている画面で放映する試みを行っています。また、大阪大学のみならず他の大学等の関係者も活用できるように大学公式YouTubeにアップロードしています。図1は画像の一部ですが、他大学では新入生向けオリエンテーションのページに当該URLへリンクを張るなどの活用がなされ、動画の一部は閲覧回数が1万回を超える規模になっています。動画は「大阪大学公式Youtubeチャンネル カルト」と検索することで閲覧可能です。

 4種類の動画のうち、3種類はいずれもキャンパス内で初対面の人物に声を掛けられた事例をベースに作成されています。また、残りの1種類は、すでに友人関係が構築されたうえでイベントの勧誘を受け、LINEのやりとりの中で参加を躊躇する場面が描かれています。しかしながら、現在のコロナ禍の状況では、キャンパス内への入構制限を理由に、勧誘の初期段階からオンラインの勧誘が行われている可能性が高く、動画で紹介される内容が勧誘の実態と合致しないことも推測されます。そのため、常に実態の把握に努めて、学生がより身近に感じることができる新たなストーリーを作成することが必要でしょう。偽装勧誘の問題点を指摘することに変わりはないですが、より効果的な予防啓発を行うためには、迅速かつ柔軟な対応が求められています。

4 学生支援体制の構築、他機関との連携

 大阪大学ではこれまでに述べた「大学生活環境論」やショートムービーの作成と公開などの取組みを行ってきましたが、教育機関で予防啓発を発展継続させていくためには、数多くある学生生活リスクのひとつとして、①偽装勧誘の問題をなぜ取り上げる必要があるのかを教職員が理解すること、②具体的な取組みを支える学生支援体制をどのように構築していくかについて検討すること、が重要であると考えます。

 ①について偽装勧誘の問題を学生生活の代表的なリスクとして取り上げる理由としては、学生の人生を大きく変えてしまう可能性や、本人が友人や家族へさらに勧誘を広げる可能性がある点などを挙げることができるでしょう。また、既に述べたことでありますが、偽装勧誘のプロセスで誘導される思考スタイルが、大学教育で求められる方向性と合致していないことも挙げられるでしょう。そのため、大学等においては教員研修(Faculty Development)や職員研修(Staff Development)などを通して理解を深める機会を提供する必要があります。

 続いて、②具体的な取組みを支えるための学生支援体制の構築についてですが、学生生活の担当となった教職員が積極的に捉えることで取組みが一時的に活性化するケースがあります。しかしながら、当該の教職員が異動や退職することで取組み自体が縮小したり、消滅したりする懸念があります。属人的な運用を回避するためには、全学レベルの委員会等が定める定例の行事に組み込む工夫とともに、このような課題に対処できる後継の人材を育成することが求められるでしょう。

 また、各大学内で対処するだけではなく、組織間の連携による情報や取組みの共有が一層求められる状況になっています。例えば、偽装勧誘のターゲットについては大学生だけではなく、高校生などの低年齢化が進んでいるとされ、大学での取組事例について高校を含めて共有する何らかの仕組みが必要でしょう。日本脱カルト協会(JSCPR)では、カルト対策学校ネットワーク(JSCPRのホームページからメーリングリスト登録の申請が可能)を立ち上げ、大学の学生支援担当者を中心とした情報共有の場を提供していますが、高校の加入については未だに少ない状況です。大学受験前の高校生が勧誘の対象となるケースが生じていることを踏まえると、大学入学時だけではなく、高校での生徒指導も含めて予防啓発を行うタイミングを再考する時期にさしかかっています。大学から高校への働きかけや連携といった取組みは、偽装勧誘の問題に限らず学生生活リスク全般において行われる機会がありません。そのため、世代にかかわらずこれらの問題に関わる弁護士や、近接領域の専門家等が懸け橋となることで、予防啓発の取組みを高校から大学へシームレスに繋ぐ機会を設けることができないかを検討する必要があります。

5 コロナ禍における学生支援のスタンス

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、2020年度は多くの大学でオンラインによる講義が主流となりました。同様に学生支援の一部についても、規模の縮小やオンラインへの変更を余儀なくされています。個人レベルの精神的・経済的な不安や、社会全体の不安が大きくなる中で、偽装勧誘を入り口とする活動が学生・生徒の不安感の受け皿になっている可能性が否定できません。もちろん、偽装勧誘をストップさせるためには、予防啓発を含めたあらゆる取組みが必要ですが、コロナ禍の中で学生・生徒に対して不安や困りごとを解消する選択肢をいかに多く提供することができているのか、学生支援全体の取組みを振り返る必要があるでしょう。新しい生活様式が求められている状況においても、誰かと繋がりたい、不安を解消したい、成長したいといった人間の根源的な欲求は変わることはありません。教育に携わる立場からは偽装勧誘への対処を含めたうえで、これらの観点から学生支援全体の質をより良いものにしていく姿勢が求められると考えています。