学校のカルト対策

弁護士(東京) 久保内浩嗣

1 なぜ、いま「学校のカルト対策」なのか

 8年前、「大学のカルト対策」(2012年、櫻井義秀・大畑昇編著、北海道大学出版会)が出版されました。同書は、カルトの活動実態、大学の対応、大学の対応の法的根拠、カルトとの裁判で勝ち取ってきた成果などが盛り込まれており、大学のカルト対策の指針となり、現在もそのことに変わりはありません。

 しかし現在、「大学の」ではなく「学校の」カルト対策が必要となっています。中学生、高校生がカルトの「正体を隠した勧誘」によって取り込まれている事例が増加しているからです。大学のカルト対策の中心的ネットワークだった「全国カルト対策大学ネットワーク」が、2017年に高校や専門学校等を含める形で、「カルト対策学校ネットワーク」に名称変更したことが象徴的といえます。

 また、2016年に選挙権年齢が18歳に引き下げられ、2022年4月には民法の成年年齢が18歳に引き下げられます。大学生は勿論、高校3年生も成年として扱われる社会が到来します。しかし、成年年齢が引き下げられたからといって、高校生、大学生が、これまで以上に知識・経験・判断能力を身につけて精神的に成熟するわけではありません。高校卒業、大学卒業という社会人として出発する時点で、回復不能なダメージを受けるリスクが増大したといえるのです。

 カルトに入るとどのようなダメージを受けるのか、「正体を隠した勧誘」の違法性については、本特集の郷路征記弁護士、青木歳男弁護士の論考を読んでいただければ、お分かりいただけます。

2 学校は安全配慮義務に基づきカルト対策を講じなければなりません

 学校は、在学契約に基づき、高校であれば、「中学校における教育の基礎の上に、心身の発達及び進路に応じて、高度な普通教育及び専門教育を施すこと」(学校教育法50条)、大学であれば「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させること」(同法83条1項)という目的にかなった教育役務を学生に対して提供する義務があります。また、学校は、在学契約に付随して、学校における教育及びこれに密接に関連する生活関係において学生の権利を保護すべき安全配慮義務を負っています。学校が学生に対して安全配慮義務を負うことは、判例上確立されています(最判平成9年9月4日民集185号63頁等)。

 そして、学校にカルト対策を講じるべき安全配慮義務を認めた裁判例が存在します。「佐賀大学事件」(佐賀地裁平成26年4月25日判時2227号69頁)です。佐賀大学の准教授が統一協会の信者である学生に対し、統一協会を批判し、同学生の両親が統一協会の合同結婚式を通じて結婚したことを批判したことにつき、大学の国家賠償責任が認められた事例です。同判決は、准教授の不適切な発言について賠償責任を認めていますが、その判断の枠組みの中で、大学が安全配慮義務に基づいてカルト対策を講じることを肯定しました。

 まず、同判決は、一般論として「大学は、学生に対し、在学契約に基づき、(中略)学生が教育を受けることができる環境を整える義務を負い、在学契約に付随して、大学における教育及びこれに密接に関連する生活関係において、学生の生命、身体、精神、財産、信教の自由等の権利を守るべき安全配慮義務を負っている」と判示しました。大学が安全配慮義務の一環として守るべき学生の権利として「信教の自由」を明記したのです。

 また、同判決は、「統一教会やその信者が、霊感商法等の社会問題を起こし、多数の民事事件及び刑事事件で当事者となり、その違法性や責任が認定された判決が多数有ることは公知の事実であること」、准教授が「佐賀大学の教員として、大学における教育及びこれに密接に関連する生活関係において、学生の生命、身体、精神、財産、信教の自由の権利を守るべき安全配慮義務を負っていると解されることなどに鑑みると」、准教授が「統一教会の協議等について、適切な表現を用いる限りにおいて批判的な意見を述べることは社会的相当性を有する行為」と判示し、カルト対策の一環で特定の宗教団体を適切な表現で批判することは社会的相当な行為と判断したのです(当該事例においては、准教授の言動が社会的相当性を逸脱すると判断されました)。

 同判決は、大学にカルト対策を講じるべき義務を認めたものではありますが、大学がカルト対策を講じる法的根拠を明確にした一面があり、むしろ、後者にこそ同判決の意義があるといえます。

 同判決は大学に関する判決であり、高校と大学ではその目的、規模などで異なる点はあります。しかし、いずれも教育機関であり、学生との間で在学契約が締結されていること、前述の高校と大学の相違点が、安全配慮義務の内容に相違をもうける理由にならないことに照らせば、高校においても、同判決に基づき、カルト対策を講じるべき安全配慮義務が認められ、また、カルト対策を講じることができるのです。

3 学校に求められる役割

 カルト対策という観点からは、学校には、①カルトの信者である学生と②カルトの信者ではない学生がいることになります。

 学校としてはカルト対策の主眼を、信者でない学生をカルトからいかに守るか、という点に置くべきです。特に、カルト信者の学生が、信者でない学生に対して正体を隠した勧誘を行わないか、という点に最も注意を払う必要があります。

 もっとも、カルトの信者である学生も、学校の学生であることに変わりありません。その動向に注意を払う必要がありますが、カルト信者であるということだけをもって、特別な対応をすべきではありません。正体を隠した勧誘など具体的な不適切な行為を確認した場合に、個別に注意をしたり、保護者等に連絡するといった対応をとるにとどめるべきでしょう。

 カルト信者の学生の保護者から、学生を脱会させたいという相談を受けることもあると思います。そうした場合、学校としては、脱会に主体的に関わることは控え、カルト問題に詳しい専門家や団体を紹介したり、保護者の悩みを聞くなど間接的な支援に徹するべきです。カルト団体からの脱会支援のためには、専門的な知見や経験が必要ですし、脱会は容易ではなく、長期間かかることが予想されますし、また、無事に脱会できる保証はありません。脱会支援のための人的、物的資源を備えた学校は少なく、中途半端に脱会支援に関わることは、当該学生やその保護者のためにもならないと言えます。

 また、カルト信者の中には、親が信者であるいわゆる2世信者がいます。そうとは知らずに保護者等に連絡を取ることは問題を複雑化するリスクがあります。また、2世信者の中には、学校生活を送る中で、自らの信仰や生活環境に疑問を抱き、誰かに相談したいと悩んでいる学生がいることもあります。そうした場合には、学校は、当該学生の悩みを受け付ける相談機関としての役割を果たすことが望まれます。

4 カルト対策の一環としての法教育

 学校が講じるべきカルト対策は、信者でない学生をカルトからいかに守るか、現実的には、カルト団体による「正体を隠した勧誘」から学生をいかに守るか、という点が中心といえます。具体的なカルト対策は、本特集の太刀掛俊之大阪大学教授の論考に書かれていますので参考にしてください。

 しかし、岩野孝之氏の論考に書かれているとおり、近年、カルト団体は、TwitterなどのSNSを利用した正体隠しの勧誘、Zoomなどを利用したオンラインイベントの開催など、学校がその実態を把握することができない方法を活用しています。

 そうしたカルト団体の動向を注視、それを踏まえた予防策を講じることは勿論必要なのですが、今後は、中学生や高校生に対する法教育に、カルトに関する情報を取り入れる必要があります。

 法教育とは、法律専門家ではない一般の人々が法や司法制度、これらの基礎となっている価値を理解し、法的なものの考え方を身に付けるための教育です。

 法務省が作成した中学生向けの法教育の教材には、「私法と消費者保護」がもうけられ、その目的について、「①身近な経済活動に対する関心を高めるとともに、具体的な事例を通じて、契約成立の要件や、いったん成立した契約が例外的に解消できる場合について理解させる。②契約は、対等な個人の自由な意思に基づいて結ばれ、その結果、法律上の権利と義務が発生することを理解させる。③消費者が不利な条件のもとで契約を結んだ場合、後に契約を解消できる仕組みを作るなど、国や地方公共団体が消費者を保護するための施策を実施していることを理解させる」と説明されています。

 また、消費者教育推進法は、「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差等に起因する消費者被害を防止するとともに、消費者が自らの利益の擁護及び増進のため自主的かつ合理的に行動することができるようその自立を支援する上で重要であることに鑑み、消費者教育の機会が提供されることが消費者の権利であることを踏まえ、消費者教育に関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、基本方針の策定その他の消費者教育の推進に関し必要な事項を定めることにより、消費者教育を総合的かつ一体的に推進し、もって国民の消費生活の安定及び向上に寄与することを目的」とし、「国及び地方公共団体は、幼児、児童及び生徒の発達段階に応じて、学校(略)の授業その他の教育活動において適切かつ体系的な消費者教育の機会を確保するため、必要な施策を推進しなければならない。」(同法11条1項)、「国及び地方公共団体は、大学等(略)において消費者教育が適切に行われるようにするため、大学等に対し、学生等の消費生活における被害を防止するための啓発その他の自主的な取組を行うよう促すものとする。」(同法12条1項)と定めています。

 カルト対策は、信教の自由などの精神的自由の問題が中心であり、経済活動を前提とする消費者教育に直ちに含まれるものではありません。しかし、市民と宗教団体との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差があること、正体隠しの勧誘による被害が多発していて防止する必要性があること、信教の自由は精神的自由の根幹をなす重要な権利であり市民自ら権利擁護のために自主的かつ合理的に行動するために自立が必要であること、そして、学校には学生の信教の自由を守るべき安全配慮義務があることに照らせば、法教育にカルト被害に関する内容を取り込むことが社会的要請といえます。

 中学校や高校において、カルト被害についての教育を受けることで、学生は、社会にはそうした悪質な団体が存在することや具体的な正体隠しの勧誘手法について知識を得て、警戒心を持ち、被害を防止することにつながるのです。

5 横断的なネットワーク構築の必要性

 各学校がそれぞれカルト対策を講じることは重要ですが、それだけでは不十分です。カルト団体は、信者間で情報を共有し、各学校がどのような対策を講じているかといった情報を日々入手しています。学校が効果的にカルト対策を講じるためには、学校側も横断的なネットワークを構築し、情報を共有する必要があります。「カルト対策学校ネットワーク」は存在しますが、カルト対策に関心を示さない学校がいまだ多数存在しますし、中学校や高校へのアプローチが不十分です。

 学校関係者には、他の学校、専門家、弁護士、各種団体と連携を築き、自分たちの学校の学生をカルト団体による不当な権利侵害から守るための対策を講じていただくことを望みます。