日本社会のアイデンティティ

東京大学名誉教授 神野直彦

 私は第二次大戦後の日本の社会とともに生きてきた。戦後の日本社会では国民の誰もが、「平和と民主主義」こそが日本の社会のアイデンティティだと信じていた。もちろん、「平和」とは、日本の社会は強制力を独占している国家が、戦争の遂行を拒否している社会だということを意味している。

 そのため、日本の社会は国家が何をすべきなのかを示す必要があった。したがって、「平和と民主主義」とは戦争遂行を拒否した国家が何をなすべきかという国家の使命を、「民主主義」によって決定していくことであり、それが日本の社会のアイデンティティだという認識が広く共有されていたのである。

 しかしそうした日本の戦後社会が、国家の使命として選択したのは、所有欲求を充足する「経済成長」であった。そのため何時の間にか、日本の社会のアイデンティティは、「平和と民主主義」から「平和と経済成長」へと大きく変容してしまったのである。

 しかし、日本の社会のアイデンティティである「平和と経済成長」は、現在では激しく動揺している。「成長、成長」と連呼しても、「失われた30年」と呼ばれるように、経済成長は長きにわたって停滞している。経済・・・

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