PL法の立法思想とカネミ油症
—いま求められること─

消費者安全問題研究会 土庫澄子

1 カネミ油症事件—取り残される被害者

 昭和43年、新聞報道によってカネミ油症事件が表面化した当時、患者からの届出数は1万4000人を超えたという。だが、昨年(令和2年)末現在で、カネミ油症の認定患者は死亡者を含め累計で2350名、うち同居認定制度による認定患者は332名である。

 カネミ油症事件は、発覚時に社会に与えた衝撃もさることながら、半世紀を過ぎたいまも多くの困難と新しい被害を引き起こしている。健康被害があっても油症と気づかない、言い出せないなど埋もれた油症患者が存在するといわれる。

2 社会規範としてのPL法

 これまで長い間、PL法はカネミ油症患者の救済に関わりがないと思われてきたようである。しかし、立法史をみれば、この事件はPL法を立法するきっかけとなった重要な事件である。

 昭和47年春、我妻榮教授を中心として製造物責任研究会が発足し、昭和50年秋には私法学者による最初の立法提案が公表された。公表の際、メンバーであった四宮和夫教授は、スモン事件などとともにカネミ油症事件に触れている。立法の機が熟した平成5年頃の政府部内の検討でもカネミ油症事件は意識されてい・・・

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