弁護士(大阪) 今川 忠
近畿弁護士会連合会は、2018年8月3日に「民事控訴審の審理に関する意見書」(以下「意見書」といいます。www.kinbenren.jp)を出しています。この意見書の提言は、私の経験からすると、今も重要な意味を有していると考えますので、この意見書に基づき、民事裁判における高等裁判所での審理の現状と在り方について、意見を述べます。
1 憲法で保障されている私たちの裁判を受ける権利とは何か
当事者間で紛争を任意に解決できない場合、その手段の一つとして、地方裁判所に訴えを提起して解決を求めることがあります。裁判所による紛争解決は、地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所を順に経て行うことができます。高等裁判所は、その審理で、地方裁判所の審理を基礎とし、当事者による新たな訴訟資料の提出を認めて事件の審理を続行し事実認定をした上で判決をします(これを「続審制」といいます)。
しかし、最近の司法統計の分析や大阪弁護士会を含む近畿弁護士会連合会の弁護士を対象としたアンケート調査(以下「本アンケート調査」といいます)からは、続審制が空洞化し、事後審化している実態が明らかになりました。このことは、大阪弁護士会司法改革検証・推進本部の「高裁民事問題プロジェクトチーム」(以下「高裁PT」といいます)のシンポジウムでも明らかにされています。このシンポジウムは、「民事控訴審の審理の充実—実態調査を踏まえた提言」をテーマに、2017年6月21日に実施され、公表されています(判例時報2342号139頁以下、同2345号132頁以下、同2347号130頁以下。以下「本シンポジウム」といいます)。なお、「事後審」とは、高等裁判所が自ら事実認定をし直さず、地方裁判所の訴訟資料から同裁判所の判決の事実認定が納得できるか否かを検討して当該判決の当否を判断することです。
2 高等裁判所が続審制としての役割を果たすために
意見書では、高等裁判所が続審制としての役割を果たすために、下記提言をしています。
ア 裁判官と当事者の十分な意思疎通
裁判官と当事者の間で、争点や証拠評価などについて共通の理解をすることです。
イ 裁判官による適切な釈明権の行使
裁判官が地方裁判所の争点整理などを修正する必要があると考える場合、当事者に分かるようにすべきということです。
ウ 証人調べを含めた適切な証拠調べの実施
証人申請がされた時、裁判官は審理の充実を図る点からその必要性を慎重に検討すべきということです。
エ 第1回の口頭弁論期日のみで結審(以下「一回結審」といいます)しないようにすること
裁判官及び当事者において、上記ア乃至ウを通して一回結審の共有化ができないときは一回結審をしないということです。
このような提言をしたのは、司法統計の分析や本アンケート調査に基づき、続審制としての役割を持つ高等裁判所が事後審化していることが理由です。
司法統計の分析から、高等裁判所の審理で一回結審が増加し、証人調べが激減していることが分かります。このことは、本アンケート調査からも裏付けられます。また、本アンケート調査から、高等裁判所の判決で「不意打ち判決」があることも指摘されています。「不意打ち判決」とは、地方裁判所で争点となっていないことに基づき判決が出されたりすることです。十分な審理がされていないのではないかということです。判決の基礎となる事実認定は高等裁判所までですので、高等裁判所の役割(続審制)は極めて重要です。
3 資料に基づく高等裁判所の事後審化
(1)司法統計
司法統計については、意見書や本シンポジウムに引用されておりますが、これによると一回結審の増加及び証人調べの激減が分かります。
一回結審は、1975年ころは、全体の15%程度でしたが、1995年は32%になり、2013年には78%に増加しました(過払金事件を含みます)。また、高等裁判所で開かれる期日の回数は、1998年ころまでは平均3回位でしたが、2013年には平均1.2回となっています。
証人調べは、1985年は控訴審の事件数1万0700件のうち、当事者尋問を3332件(31.1%、延べ5121人)の事件で行い、証人尋問を2984件(27.8%、延べ5635人)の事件で行っていました。しかし、2015年は証人調べが事件数1万5066件のうちの148件(1.0%)、当事者尋問は167件(1.1%)と激減しています。
(2)本アンケート調査
本アンケート調査は、2016年に実施しましたが、上記⑴を裏付ける結果となりました。このアンケート調査は、回答者が基本的には高等裁判所で敗訴した弁護士ですので、高裁PTの委員が回答者に面談し聞き取り、さらに一部は訴訟記録の検討も行い、続審制としての役割を持つ高等裁判所という視点から高裁PTで慎重に協議した上で、問題点を抽出しました。そこで問題点を指摘された事案は、①一回結審そのものが相当でなかった事案、②結審後弁論再開の申立てがあったがこれを受け入れなかったことが相当でなかった事案、③一回結審で逆転判決がされた事案、④記録検討が不十分ないし審理不十分なまま和解勧告や判決がされた事案、⑤証拠申請の不採用が不適切ないし証拠提出の機会を与えなかった事案等です。
4 弁護実践の重要性
私は、民事事件においても弁護実践が重要であると考えます。民事訴訟は、判決の基礎をなす事実認定に必要な資料の提出を当事者の権能と責任ですることを前提としています。したがって、当事者が主体的に紛争解決をすることが必要です。当事者の代理人である弁護士がこれを怠れば、訴訟活動の劣化を招き、ひいては司法制度そのものの劣化に繋がります。弁護士一人一人がこのことを肝に銘じ、依頼者の権利(利益)擁護のために「凡事徹底」の精神でもって弁護実践をすることが必要であると考えます。