法廷に当事者も証人もいない裁判?! 証人尋問さえ裁判所の判断で非公開にできる?!

弁護士(大阪) 正木みどり

1 公開の法廷でのリアルな口頭弁論や証言の重要性

 民事裁判は、原告の立場でも被告の立場でも、権利義務を確定する重大な手続だ。だからこそ、憲法は、裁判を受ける権利を保障し、裁判の公開原則を定める。

 公正な裁判は、公開の法廷において、傍聴人が参加できる条件下で、リアルなやり取りが展開されることにより、実現される。典型的な例では、公害事件、労働事件、アスベスト訴訟、薬害訴訟、国や行政を相手とする様々な訴訟、消費者被害事件等々、法廷で当事者が裁判官の面前で自らの言葉で語り、証言する。相手方に対する反対尋問や証人の証言を引き出す。リアルな公開の法廷で、支援者・関係者、傍聴人、記者らが見つめる中で行われるからこそ、裁判官の心を動かす。相手側の関係者の心を動かすことさえある。支援者や傍聴者、記者らの心を動かし、「正当な解決を」との声や動きにつながる。立法による解決への大きな力にもなってきたことは、よく知られたところである。

 また、このような裁判に限らず、どんな事件でも、リアルな証言や発言こそが、事実を明らかにし、裁判官を動かす基礎である。

2 法廷に当事者・代理人も証人もいない裁判?!

(1)ところが、法廷には裁判官と傍聴人だけがいて、当事者・代理人も証人もいない裁判が、民事訴訟法「改正」で行われようとしている。

(2)2月26日にパブリックコメントが開始された「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案」では、次のような内容の提案がされている(なお、正確な表現は分かりにくいので、私が「ウェブ会議等(ウェブ会議及び裁判所庁舎内のテレビ会議のこと)」と置き換えている。以下同じ)。

 「裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が、ウェブ会議等によって、口頭弁論の期日における手続を行うことができる。」とする提案である。つまり、当事者の意見はいわば聞き置くだけでいいので、当事者が異議を述べたとしても、裁判所の判断でウェブ会議等の方法を強制することができるのだ。

 「リアル法廷を求めた一方当事者は、自分の側は法廷に出席すればいいではないか」と言うのかもしれない。しかし、法廷の相手方席には誰もおらず、相手方の当事者や代理人はウェブ会議等で参加する法廷は、緊張感と迫力に欠けたものになるだろう。大企業や国等、リアル法廷に出席するのが嫌な立場には歓迎されるだろう。

 憲法の保障する公開原則(口頭弁論期日は公開の法廷で行わなければならない)との関係では、法廷の裁判官席に裁判官がいて、傍聴人が傍聴可能であれば、公開原則に反しないとするもの。きわめて形式的であり、公開原則が求める趣旨・内実を理解していない。しかも、例えば、「法廷に設置されたディスプレイに通話先の映像と音声を出力することにより、傍聴人においてもこれを視聴することができるようにする(か否か)」は、中間試案には記載されず、パブリックコメントの「補足説明書」で、「そのような意見も出された」との記載にとどまる。つまり、口頭弁論はおろか、本人尋問も証人尋問も、傍聴人には音声しか分からないという事態になる可能性があるのだ。最低限、この設備は必須のはずにもかかわらず。

 私は、口頭弁論期日は、原則として当事者の出頭を求めるべきと考える(弁論準備手続との振り分けを考えれば十分)。少なくとも、自らの裁判がウェブ会議等の方法による口頭弁論で行われることを望まない当事者にとっては、裁判を受ける権利を後退させるものであり、当事者の一方が異議を述べた場合には、ウェブ会議等による口頭弁論は許されないとすべきである。

 なお、本稿で述べる問題の他に、ウェブ会議等による諸手続(争点整理手続も含む)は、所在場所の規律、本人確認、なりすましや非弁問題、不当な介入の問題、裁判所の訴訟指揮や法廷警察権が実行できるのか、録音・録画やインターネットでの流出が容易になる、支部機能の低下等、他の観点からの重大な問題も数多くある。これらにも注目し、意見を出していく必要がある(字数の関係で割愛する)。

(3)ウェブ会議等による人証調べ(証人尋問だけでなく、本人尋問も同じ規律)

 民事裁判において、証人尋問・本人尋問は極めて重要である。リアルな尋問だからこそ、裁判官は証人(本人も含む。以下同じ)の様子まで総合的に考慮して心証形成をする。証人も法廷で宣誓し、傍聴人参加の緊張感のある公開の法廷で、裁判官の面前で証言するからこそ、事実解明に役立つのであり、反対尋問もリアルな法廷だからこそ可能だ(モニター越しの反対尋問では、効果的な尋問が困難なことは明らかだ)。

 だからこそ現行法では、リアルな法廷での尋問を大原則とし、例外的な場合、すなわち、「①証人が遠隔の地に居住するとき(第204条1号)又は②事案の性質、証人の年齢などの事情により、証人が法廷に現実に出頭して陳述すると圧迫を受け、精神の平穏を著しく害すると認める場合であって、相当と認めるとき(2号)」に限って、「映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法」(立法当時、裁判所のテレビ会議システムを想定)によって証人尋問を行うことが可能とされている。

 ところが、中間試案は、ウェブ会議等による証人尋問の場面を拡大するため、法204条1号(上記①)を、遠隔地要件を削除し、「証人の住所、年齢または心身の状態その他の事情により、証人が受訴裁判所に出頭することが困難であると認める場合であって、相当と認めるとき」に変更することを提案。さらに、3号として「相当と認める場合において、当事者に異議がないとき」を加える提案もしている。

 現行法第204条は、裁判所の裁量事項である。とはいえ、現行法は一応要件をしぼっている上に、最高裁規則第123条で、証人の出頭場所は裁判所に限定している(テレビ会議が設置されている最寄りの裁判所)。つまり、適用対象も出頭場所も一応限定されている点が、今回の改正提案と大きく異なる。

 中間試案は、適用対象の要件もゆるめている上に、証人の所在場所も抽象的な表現にとどまっており、裁判所に限定されるとは限らない。にもかかわらず裁判所の裁量事項のまま(当事者の意見を聴くということすら必要ない)であり、この点からも適用拡大には反対である。さらに3号の提案は、利便性が強調されるが、「リアルな法廷だと尋問期日が入らない」と裁判所に促されたり、証人からリアル法廷ではイヤだと主張されて同意せざるを得なくなる、安易に流れる等、原則と例外があいまいになる懸念がある。

 私は、現行法を変えることに反対である。なお、少なくとも場所の規律について、いずれかの裁判所(地家裁本庁、支部、簡裁等、全国に数多くある)に限定すべきである。

3 証人尋問さえ裁判所が「相当」と考えるだけで非公開にできる?!

 中間試案は、分かりにくい形で、「ハイブリッド型の証人尋問」や「ハイブリッド型の検証」を提案している。

 「第10 その他の証拠調べ手続」の中の「3 裁判所外における証拠調べ」の項目で、民訴法第185条に、「合議体の裁判官の一部が裁判所にいて、一部が裁判所の外で、ウェブ会議等の方式で証拠調べができる」という規律を設けることの提案である。「ハイブリッド型の人証調べ(証人も本人も)」は、「口頭弁論期日における手続ではない」として、非公開で、裁判所が「相当と認める」だけで行える(口頭弁論期日であるウェブ方式の人証調べの際の要件も不要)とする提案だ。また、別の項目で、ウェブ方式の検証は「裁判所が相当と認める場合であって、当事者に異議がないときに」行えるという提案がされているが、ハイブリッド型の検証だと、裁判所が「相当と認める」だけで実施できるとする。

 ハイブリッド型を安易に拡大すべきではないが、少なくとも「裁判所外における証拠調べ」と位置づけてはならない。元々の「証人尋問」「検証」の項目に位置付けるべきである。

4 国際的にみても、日本の動きは異例

 国際的にみても、民事裁判のIT化とは、まずは訴訟記録の電子化である。日本はe法廷から始めようとしているが、このやり方は日本が初めてである。IT化が進んでいると言われる諸外国でも、基本的には、日本で予定されているようなe法廷は採用されていない。これは、実務的にも、直接主義、口頭主義などの民事訴訟法の諸原則を守ることが支持されているということだ。日本においても、とりわけ口頭弁論においては、各国と同様に、当事者が裁判官の面前で対峙し主張し議論し、紛争解決を図るという、直接主義や口頭主義を貫くことこそが、公正、適正、充実かつ迅速な紛争解決を図るためのあるべき司法の姿である。

 モニター越しになったとき、直接主義、口頭主義、公開主義といった訴訟原則の長所を減殺し、ひいては裁判を受ける権利を後退させる。

 また、中間試案の全体を通じて、裁判官が当事者等と直接会わずに済ませよう、裁判所の裁量権を拡大しよう、とする方向性が顕著だ。ただでさえ、日本の裁判官は、多くが社会経験のないまま任官し、市民的自由もないのに、ますます裁判所の中にこもることになる。画面越しやシステム(電子情報処理組織)利用が中心になって、生身の人間に接しなくなることの悪影響を懸念する。