オンライン申立て等の義務化には断固として反対すべきである

弁護士(宮崎) 小林孝志

1 法制審による中間試案

 現在、法制審議会・民事訴訟法(IT化関係)部会において、民事訴訟法を改正し、民事裁判のIT化を目指す作業が進められている。

 数々の論点があるが、中でも、一般消費者の利益に大きな影響を与えるであろうものの一つが、「オンライン申立て等の義務化」である。法制審は、パブリックコメントに付される「中間試案」において、「インターネットを用いてする申立てによらなければならない場合」という表題を掲げ、次の三つの案を出している。

 甲案「申立て等のうち書面等をもってするものとされているものについては、電子情報処理組織を用いてしなければならない。ただし、訴訟代理人……以外の者にあっては、電子情報処理組織を用いてすることができないやむを得ない事情があると認めるときは、この限りでない」

 乙案「申立て等のうち書面等をもってするものとされているものについては、訴訟代理人がいるときは、電子情報処理組織を用いてしなければならない」

 丙案「電子情報処理組織を用いてしなければならない場合を設けない」

 これについて、日弁連は、甲案、乙案、丙案のいずれかの案によるのではなく、まず丙案を施行し、制度の整備が実現された段階で乙案を施行し、その後、さらに環境整備やITサポートの展開が確保され、原則として誰でも対応できるという検証を経た後に甲案を施行すべきとし、段階的な施行とすべきであるとしている。

 なお、「オンライン申立て等」とは、民事訴訟法132条の10の「申述」のことであり、申立てだけではなく、答弁書や準備書面、証拠の提出も含む。

 また、しばしば誤解されるが、弁論や弁論準備などの期日は、ウェブ会議を実施するとしても、通常の法廷や準備手続室を用いてそこに裁判官が在廷した上で、当事者らとオンラインで繋ぐ。また、当事者らは、ウェブ会議を利用することを義務化されるわけではなく、実際の法廷に出頭して弁論等をすることは認められる。つまり、現時点での議論はe法廷は義務化されない。義務化されるのは、書面提出の場面だけである。

2 義務化することは人権を制限すること

 ITを用いることの利便性は、これだけIT化が進んだ現代社会においては、いまさら指摘するまでもない。迅速なデータの提供や、ペーパーレス化による経費節減を実現するなど、そのメリットを掲げればきりがなく、ITを推進することに些かも反対することはない。

 しかし、ここでの問題はその義務化という点である。

 義務化するということは、要するに、ITを使いたい人が便利になるからという理由で、ITを使いたくない人の権利を制限してよいかという問題である。

 IT化が進むとバラ色の世界が開けるかのような印象があるが、ここでの問題はそういうことではなく、IT化によって、これに付いていけない人が権利制限をされ、手続保障が確保されず、わけもわからないうちに敗訴してしまうこと、あるいは、やはり自分はITは苦手だと思って、反論することを諦めてしまう人が出てくると考えられ、それで良いのかという問題である。

3 日弁連意見

 なお、法制審は、甲案乙案丙案のどれかによるべきであるとして、これを問うものであるところ、日弁連は、施行の可否及び時期を国会の議決で決めるとしつつも最終的に甲案を目指すと言っているのであって、日弁連は、甲案を支持していることを見逃してはならない。甲案賛成と言うと反対が出るので、表現を穏やかにしているのだろうか?と勘ぐってしまう。ITを使いたくない者の権利制限をいつかは実現すると言っているのである。

 日弁連は、体制整備等が進めば義務化して良いと主張している。ただ、体制が整備された場合、誰でもがITを使いこなし、特殊なケースを除き、世の中に紙が全くなくなってしまうほどの世界がやってきた場合、それを義務化する必要などあるのであろうか。書面使用は自然淘汰され、消滅しているはずである。

 結局、目指すべきは義務化ではなく、体制整備の方である。体制整備構築に自信がないから、義務化を先にしようとしているのではないだろうか。訴訟手続以外の行政手続において、諸外国においても、一般当事者にまでオンライン申立て等を義務化している国はほとんどないという背景にあって、日本国内でも、法人ではない個人の申立てで、オンラインが義務化されているものは存在しないのであって、なぜ民事訴訟という私権に重大な影響を与える大事な手続から義務化を開始しようとしているのか、全く理解できない。いまだ、どのようなシステムができるかについて全く固まっていない状況にあって、ユーザー側の対応を義務化するのは完全に順序が逆である。

 私は、このような観点から、甲案や乙案には絶対に反対であり、この中では、丙案を取るべきだと考える。むしろ、国による、体制整備はしっかりとした計画を立てて、推進していくべきであって、義務化すべきは国の方であり、国民ではない。日弁連意見としても、このようにして戴きたかったところである。

4 IT弱者の裁判を受ける権利の保障

 現行法下においては、遠方の地に訴訟提起をされた場合、移送申立の手段があること、あるいは擬制陳述・電話会議等の利用も可能であることを知らず、遠すぎて行くことができないから諦めて放置した結果、判決に至ったというような例をよく目にする。中には時効が完成しており、書面を1枚出せば勝訴できたと思われる案件もあった。こうしたケースは、“距離”というバリアーによって、権利行使が妨げられてしまったのである。

 そのような中、オンライン申立て等が義務化されたとすれば、自分にはITはさっぱりわからないなどとして、放置してしまう者が出てこないだろうか。今度は“IT”というバリアーによって、権利行使が妨げられる場合が出てくるのではないか、甚だ心配である。これが、もし、書面で提出することが許容されており、従来どおり、答弁書のひな形が付けられていたというのであれば、少なくとも、最低限の反論はすることができよう。このような権利を奪ってしまうことに、どうしても抵抗がある。

5 甲案の例外について

 中間試案では、「電子情報処理組織を用いてすることができないやむを得ない事情」がある場合は「この限りでない」として、書面による申立てを可能としている。日弁連意見書でも例外を認めることは賛成しており、ただ、その場合を「電子情報処理組織を用いてすることができない事情」とすべきで、その例示として「電子情報処理機器を保有しない者、電子情報処理組織の利用が困難な者」が考えられるとする。

 現在の議論状況では、何らかの形で義務化をする方向であり、これは動かせないようであるが、ただ、義務化反対論に対しても、相応の配慮をしており、その一つがこの甲案の例外を設けるということである。例外を広く取れば、実質的には丙案を同様の結果を実現できる可能性もある。

 ただ、今回上げられている案は、例外としては、いずれも狭いと言わざるを得ない。「電子情報処理組織の利用が困難」というのは、高齢者・障がい者など、類型的に困難と認められる者がまず想起されるが、比較的若い世代であっても、IT機器が不得手な者もいる。仕事・家事等で多忙な者であっても、高齢者・障がい者ではないならば、IT機器に習熟すべきであると要請をすることは妥当ではない。加えて「電子情報処理機器を保有しない者」という例示がされるが、保有していたから習熟しているというのも飛躍がある。

 また、IT弱者と呼ばれる人々のみならず、積極的に書面を用いたいという人々もいるのではないか。訴訟というのは、一般人にとっては一世一代の大イベントなのであり、儀式的意味合いを持つこともある。世間の耳目を集める事件を、敢えて書面にして、訴訟提起をする場面をマスコミに中継させるという必要性も肯定できるのではないか。少なくとも、そのような自由を認めてあげても良いのではないだろうか。

 なお、実務的なことに目を向ければ、例えば、巨大なサイズの建築図面などでPDFファイルにすることが困難な書類もあり、不受理とするのではなく、必要があって提出するものは、紙による提出を認めてよいではないか。

 仮に、義務化するにしても、せめて「電子情報処理組織を用いないでする申立て等が必要な場合」を、例外として認めて欲しいものである。

6 訴訟代理人の義務化も反対すべき

 訴訟代理人がいるときには義務化をするという乙案について、なるほど、一般人よりは権利制限をしてもよいという背景があることは理解できる。

 しかし、弁護士や司法書士の中にもいわゆるIT弱者と呼ばれる部類の者は存在しているし、彼らはあくまで法律の専門家であって、ITの専門家ではないし、資格試験もIT関連は現在では含まれていない。

 しばしば言われるのは、ITに不慣れならITに慣れている事務員を雇えばよいという反論である。しかし、昨今、事務員なしで細々とやっている弁護士も少なくない中、必ず事務員を雇うべきだという論法には賛成できない。なお、乙案を採用すべきだとする者は、甲案は反対、つまり当事者本人は書面提出を許容するわけだが、そうだとすれば、辞任届を定型的に添付した本人名の準備書面を毎回提出し、提出後に委任状を提出するといった潜脱をすぐに思いつくところである。代理人がいるかどうかで区別をすることに合理性はないのである。

 弁護士は権力から自由であるべきである。紙訴訟を続けるのだとすれば、何か理由があるのだと思われる。私は、紙で訴訟をすべきだと当該弁護士が考えたのであれば、私の考えには合わないが、その弁護士の考え方は尊重したい。私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守りたい、と言っておきたい。義務化で弁護士を縛るのはやはりおかしい。

 なお、乙案に例外を認めないという考え方もあるが、やはり、当該弁護士が敢えて紙で出すというのであるから、何か理由があるはずであるし、一律に例外を認めない制度は賛同できない。

7 結論

 民事裁判のIT化に微塵も反対するところはないが、義務化は反対である。体制整備を進め、国民の誰しもが、強制されることなく、オンライン申立て等を利用することが実現できる社会を目指すべきである。