新たな訴訟手続の創設に反対

弁護士(大阪) 国府泰道

1 はじめに

 現在、法制審議会のパブリックコメントに付されている「新たな訴訟手続き」とは、概略、以下のようなものである。

(1)甲案

 原告が、第1回口頭弁論期日の終了までに「新たな訴訟手続」による審理を求め、被告が同様に第1回口頭弁論期日の終了までに通常の手続への移行を求めなければ、第1回期日から6ヶ月以内に審理を終結させなければならない。

 証拠調べは即時に取り調べることができる証拠に限定される。判決に対する不服申立は、控訴ではなく異議申立が認められ、これにより口頭弁論終結前の程度に復し通常手続により審理されることになる。

(2)乙案

 第1回口頭弁論期日の終了までに当事者双方の共同申立により新たな訴訟手続に拠ることになる。この共同申立は連名の申立に限らず当事者双方が別々に申し立てることでも足りる。

 答弁書提出後、裁判所は当事者双方と協議して審理計画を定めなければならない。審理計画には次の次項を定めなければならない。

① 争点および証拠の整理を行う期間

② 証人および当事者本人の尋問を行う時期

③ 口頭弁論の終結および判決言渡の予定時期

 裁判所は当事者の訴訟追行の状況等を考慮して当事者と協議の上審理計画を変更できる。

 当事者のいずれかが通常の手続への移行を求めるか裁判所が新たな訴訟手続により審理するのを相当でないと判断したときは、通常の手続へ移行する。

 通常の手続に移行したときは、新たな訴訟手続のためにすでに指定した期日は通常の手続のために指定したものとみなす。

(3)丙案

 新たな訴訟手続を設けない。

(4)なお、中間試案の補足説明では、甲案と乙案は、どちらかを選択するというのではなく審理モデルとして併存しうるものであると説明されている。この点は要注意である。

 法制審議会委員の藤野珠枝氏(主婦連)は、新しい訴訟手続は消費者にとっては怖い制度だと述べて反対意見を表明され、丙案でいくことを求めている。

2 新たな訴訟手続(甲案・乙案共通)の問題点

(1)期間制限することの問題点

 事件には様々な種類のものがあり、事件の違いによりその審理の進行の仕方もそれぞれである。にもかかわらず一律に6ヶ月と定めてしまうことにより、主張立証が制約されてしまうことは避けられない。主張立証が尽くされず審理が形骸化すれば、それはもはや裁判の名に値するものではないものになってしまう。

 乙案の基本は、予め6ヶ月の審理期間を定め、これに沿った審理計画を立てようというものである。期間が設定されたことにより自ずと主張立証が制限されることになり、審理が希薄化・形骸化することにより当事者の実質的な裁判を受ける権利の不当な制限となる。当事者双方による共同の申立であったとしても、同様である。

 裁判は、「訴訟が裁判をするのに熟したとき」に審理を終結し判決を言い渡すべきものである。当事者が主張立証を尽くし、裁判所において事実関係を解明できたと判断できなければ訴訟を終結することはできない。判決できる状況に達したかどうかは審理の内容と経緯から判断できることであり、これをあらかじめ6ヶ月という期間を定めて審理を終結させるのは、本末転倒である。

 審理が熟すことよりも期間の遵守を優先させることは、裁判を受ける権利の侵害となるのである。これらの問題点は甲案・乙案に共通するものである。

(2)立法事実がなく、対象事件も明らかでないこと

ア わが国の民事訴訟制度は、諸外国に比べて特に遅いということはない(世界銀行の調査など)。「迅速な裁判を求める当事者のために設ける」とされているが、「期間限定訴訟」という特殊な制度の必要性(立法事実)は明らかにされていない。

 法制審では、対象となる事件は、それほど複雑でなく争点が多くない事件が相当であるとしていたが、複雑でなく争点が多くない事件の多くは、現在でも比較的短期に判決又は和解で終了している。新たな訴訟手続を設ける必要は極めて乏しい。簡単な事件でも時間を要しているとしたら、和解協議などによるものであり、争点整理に時間がかかっているわけではない。新たな訴訟手続では、期間制限のために和解協議も十分にできないことになってしまう。

 そもそも法制審での議論を見ても、どういった事件に利用されることを想定して新しい手続を作ろうとしているのかが、明らかではない。

イ もともと早期審理の可能な事件にさらに審理計画を立てて予め審理期間を定める必要があるとは考えられない。国民が迅速な裁判を求めているのは、「普通の事件」である。証拠の提出に手間がかかるなどして1審の審理だけでも2年くらい(あるいはそれ以上)を要するような事件の迅速化を求めている。そのために当事者双方が早期に手持ち証拠を提出することや証拠の取寄せ・入手を迅速に行うなど審理を迅速化する仕組み、期日の定め方など運用の改善、裁判官を増員して裁判官の手持ち事件数を減らすことなどが必要である。

 そのような迅速化を求める国民の声に応えるための真の努力をせずに、早期審理の可能な事件のさらなる迅速化を図るというのは、国民に対するごまかし、迅速化の取組みをしているというアリバイ作りのようなものでしかない。

 新しい訴訟手続の創設は、裁判の迅速化の観点からみてもごまかしであり、却って普通の事件の迅速化の議論・取組みを進展させないことや普通の事件にしわ寄せがいくなど裁判全体の迅速化を妨げる制度であるとすら言える。

(3)他の訴訟へ悪影響

ア 多数の事件を抱え多忙な裁判官が、期間厳守が求められる新たな訴訟手続の事件をこなすことが可能かという問題があり、何とかこなそうとすると結果的に粗雑な審理になってしまったり、通常手続きの事件にしわ寄せがいき訴訟遅延を招くといった影響も懸念される。これにより全体としては裁判の迅速性を阻害する結果となってしまう。公共財である裁判所の機能を新たな訴訟手続を選択した当事者によって優先利用されることは公平ではない。

イ 迅速な裁判であるとして宣伝・誘導されると、特則ではなく、それが民事裁判の原則型になるおそれがある。

 私たちの実務経験では、裁判ではきっと自分の言い分が正しいことを裁判官は理解してくれて勝訴することができるだろうと考えている当事者が多い。そのような当事者は、迅速な裁判をすることに対する危惧も希薄であり、期間制限のある手続を希望しかねない。しかし実際の裁判は証拠の有無により判断されるのであり、証拠次第で勝訴の期待が裏切られることもある。自分は正しいことを嘘偽りなく話しているので自分のことを理解して裁判官は勝たせてくれるであろうという当事者の見込みが裏切られることになる。このような場合、裁判に対する当事者の信頼は損なわれてしまう。

 乙案の制度を利用するかどうかは当事者の意思によるものであるとしても、当事者の見込み違いを招くことにより裁判制度に対する国民の信頼を損なうことが多くなってしまう。

 また、安易に勝訴できるであろうと思っている当事者と、証拠を吟味して慎重な判断をしようとする訴訟代理人との訴訟の見通しをめぐる軋轢も生じることとなる。

3 乙案独自の問題点

(1)審理計画を初期段階で定めることの困難性

 初めて訴訟を経験する被告は、訴状が送達されてきてから訴訟代理人として委任すべき弁護士を探すことになるのが通常であり、第1回期日の1週間前に初めて弁護士と面談して委任するといった例も多々ある。そのため答弁書は請求の趣旨に対する答弁のみにとどまらざるを得ないことも多い(法制審ではそのような事件が全事件の何%を占めるか、資料として示されていない)。第1回弁論期日では訴訟の見通しすら立てられない事案は少なくないのである。したがって第1回弁論前に審理計画を立てることが困難な事件が大半であろうと思われる。

 その意味で、乙案が対象とする事件は事前に交渉が重ねられてきた事件などに限定されよう。しかし、事前に交渉が重ねられてきた事件でも、訴訟の初期の段階で審理計画を立てることは容易ではないし、そのことで却って時間を要してしまい、審理計画を立てる期間も含めるとトータルとして迅速訴訟が実現でいないこともありうる。事前の交渉で相手方が手持ち証拠をすべて開示しているとも限らないのであり、審理計画の見込み違いも多々生じる可能性がある。

(2)通常の手続への移行があるから大丈夫といえるか

 審理期間を定めることによる問題点を解消するために、乙案では、当事者の一方の申出による通常手続への移行が提案されている。しかし、通常手続への移行は裁判所が相当と認める場合に限定するという考え方も強くある。仮に当事者の一方の申立で通常手続への移行を認める制度であったとしても、期間限定の特別訴訟の問題がなくなるわけではない。

 第1に、通常手続へ移行申立を認めても、同じ裁判官が担当することから、どれだけ実質的な審理が追加されることになるかは疑問がある。

 しかも、乙案は審理計画を作るので、仮に通常手続きに移行したとしても一度訴訟関係者の合意によって作成された審理計画と異なった審理が行われるかは、甚だ疑問がある。

 第2に、通常手続への移行が容易になることは、「期間の予測可能な迅速訴訟」という制度目的に反することになり、他方、移行が困難な制度だと審理の充実・適正を損なうという、根本的な矛盾を抱えている。

4 「選択肢が増えるからよい」という意見について

 手続の選択肢が増えるのはよいことだとする考え方がある。しかし、訴訟制度を複雑にすることは、国民にとってますます裁判制度がわかりづらいものとなってしまうという弊害も有している。冒頭に述べたように立法事実が明らかでなくその必要性すら明らかでない制度を「選択肢が増えるから」という安易な理由で導入すべきではない。